情熱の足立職人が天国へ旅立ちました。一緒に仕事ができた事を誇りに思います。

創業期から大活躍して頂きました。

今回は寂しい報告があります。

創業当時

創業期ににこにこリフォームで大活躍して頂いた情熱の職人足立信夫さんが4/24に天国に旅立ちました。75歳まで職人を全うし、80年の人生でした。

私が現場で一緒に一番長く仕事をした職人さんです。

今回は足立さんをご存知の顧客様もたくさんいると思いますが、知らない顧客様にも知ってもらいたいと思い、書かせて頂きます。

冗談を言いながらたばこを吸って休憩していたのを思い出します。

足立さんは普通の職人でなくて、ハンデを背負った義手の職人でした。19歳の時に印刷の仕事をしていて、事故で利き腕の右腕を失いました。その時は辛くて、何回も死のうとまで考えたことがあるとききました。自分がもし利き腕を失くしたらと考えると、どれだけ辛いかと想像もできないぐらい辛いことだと思います。

しかし、そんな苦労やハンデがわからないぐらい、とにかく凄腕の職人でした。

時には大工工事

時には塗装工事

時には左官工事

時には雨樋補修

どんな無理難題な仕事を頼んでも、嫌な顔ひとつせず、「わかった!まかしとけ!やってみる。」と何でも仕事をこなすので私も心から頼りになる職人でした。

そして常に周りの人に分け隔なく優しい人でした。おそらく、接した人は皆んな好きになるような職人さんです。現場前を通りかかる子どもに「こんにちは!勉強頑張りや!」と声をかけ、近隣の方や困っている人がいたら声をかけて助けてあげる、お客様からは指名が来るほど大人気でした。

宮沢賢治の詩 雨にも負けず、、、にででくる人物みたいな職人さんでした。

泣きごとなど聞いた事がないです。暑いわ!しんどいなぁという言葉さえ私は聞いた事はありませんでした。

75歳の夏まで職人としての人生を全うして退職!

足立さんが75歳の夏、移動時間で何気なく足立さんがしんどそうに見えたので、「足立さん、身体は大丈夫?」と聞くと「しんどいなぁ!実は膝もいたくてな!」と言いました。

本当に弱音を吐かない職人さんでしたので限界ギリギリまでご尽力いただいたのだと思うと同時に気づけなかった、申し訳ないという気持ちになりました。

そして翌日、退職することになりました。

ただただ、感謝の気持ちが湧き出てきたこと思い出します。

足立さんに最後に会って話ができました。呼ばれたんだなと感じました。

仕事は情熱やで好きにならなあかんで!と教えていただきました。

先日、奥様から網戸の張り替えの依頼があったので久保さんがお伺いしたところ、足立さんがしんどそうでしたと聞き、翌日4月22日に会いに行きました。しんどそうにベットで横になっていましたがお話もできました。それが最後になってしまいました。2日後の2/24 天国に旅立たれました。

私が帰った後、奥様に「いちばん会いたかったんや」と言ってくれていたそうです。

職人として人生を全うし、引退後、奥様と一緒に過ごした時間はとても幸せだったと感じました。

今のにこにこリフォームがあるのは足立さんのお陰でもあります。職人としての魂は私たちも引き継ぎ、未来の若者に残せる会社にしたいと思います。職人という素晴らしい仕事を通して人財育成に取り組んでいきます。

創業期から高田社長と木下副社長が加わり新しい体制に!今は40人の会社になりました。

足立さんの職人として生きた証を残せる会社に!私達も、これからがスタートです。

きっと天国で足立さんが応援してくれていると想いますので精進してまいりたいと思います。

職人魂の入ったにこにこリフォーム、100年企業にします!

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